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野州狛犬見聞録

出会った狛犬達の記録。時々御朱印

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西金砂神社(茨城県常陸太田市)

西金砂神社・拝殿

鎮座地:常陸太田市上宮川町
御祭神:大己貴命
配 神:国常立命・少彦名命
境内社:稲荷神社・熊野神社・八幡神社・春日神社・白山神社・龍神社・鷺森神社・鹿島神社・松尾神社・大杦神社・西宮神社・竈神社・足尾神社・天満神社・山野神社・厳島神社

大同元年(806)に天台僧の宝珠上人が社殿を造り祭壇を設けて、近江国比叡山の日吉神社の分霊を勧請し祀ったのが始まりと伝わる。創建当時は比叡山延暦寺の伽藍を模した七堂伽藍を建立し、近隣の村々には鐘楼や経堂・十六羅漢を祀っていた。中世には佐竹氏の篤い崇敬を受けるが、江戸時代に入ると徳川光圀の宗教改革により、社寺や古仏・僧侶を別の地にうつした。

また、ここは中世金砂山城跡である。2度の佐竹氏滅亡の危機を救った地であり、開運の神社である。1回目は治承・寿永の乱の時である。当主佐竹昌義は平家に与したため源頼朝の討伐を受ける。当主は隆義になっていたが金砂山城に籠城するが降伏。隆義は領地の大半を取られてしまうが命は助けられた。その後後を着いた秀義が奥州藤原氏討伐の頼朝に従う。ここで臣下の礼をとり常陸介に除せられ御家人として認められた。2回目は室町時代に約100年続いた山入一揆の終盤である。山入義藤・氏義父子が太田城を急襲し、佐竹義舜を追い出してしまう。義舜は母方の大山氏を頼るが、そこにも山入氏が容赦なく攻撃を仕掛けてくる。そうして義舜は金砂山城に入り籠城するが、山入氏の猛攻に自害寸前まで追い込まれるが、悪天候を味方に付け反撃し、山入氏を追い払うことに成功。その後山入氏を滅亡させ居城太田城に帰還。勢力回復に成功する。

西金砂神社・狛犬1
拝殿前狛犬

西金砂神社・狛犬2
本殿前狛犬

西金砂神社・本殿
本殿

西金砂神社・浜床下
拝殿浜床の下に多数の鼻狛犬が。社殿の改修等で外されたものだろうか。一体欲しい…。

佐竹氏が籠城した際、神兵が現れて加勢したと聞いたことがある。平成15年に催行された「金砂神社磯出大祭礼」の出発神社である。この大祭礼は72年に一度の開催でこの年が第17回にあたった。西金砂神社から出発して水木浜祭場を10日かけて往復。3日遅れで東金砂神社の行列が水木浜祭場に向けて出発する。自分は大祭礼初日、西金砂神社からの大行列を天下野の高台から見学していた。歴史の立会人になった気分だったことを覚えている。次回も見てみたいものだ。


→  御朱印

 
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