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野州狛犬見聞録

出会った狛犬達の記録。時々御朱印

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赤城神社(佐野市植下町)

赤城神社

鎮座地:佐野市植下町
御祭神:彦狭島王命・日本武尊
境内社:多数

創建不詳。彦狭島王命は豊城入彦命の孫にあたり、景行天皇から東山道一五国都督に任命されたが、景行天皇13年(113)に東征の途中で病死。その遺骸を引き取り祀ったのが始まりであり、天慶8年(945)に遷宮した際に群馬県前橋市富士見町の赤城神社を勧請し、その時に社名を狭島から赤城明神に改めたと伝わる。藤原秀郷が平将門の乱を平定したあとに武具を奉納したと伝わり、社殿奥の「四ツ塚」という所に「具足山・白旗山・幕山・差物山」などの地名が残る。また、日本武尊が東征の際、この地に一泊したとも伝わる。境内には明和6年(1769)に天明の鋳工により造られた銅造鳥居(市指定文化財)や、同じく天明鋳物で造られた明和8年(1771)製の天明鋳物銅製神鈴が拝殿前にある。この鈴は、鈴の中に鈴がある二重構造になっている。

赤城神社・銅造鳥居
銅造鳥居

赤城神社・銅造神鈴
天明鋳物銅造神鈴

終戦末期の昭和20年に、佐野市内の国民学校や寺社に関東軍の戦車連隊が配属になった。本土決戦に備え森や林の中に分散して戦車を隠していたのである。この神社にも戦車12輛、装甲車3輛が隠蔽され、近くの植野国民学校を宿舎にしており、そこの第3部隊の小隊長が福田定一少尉である。この福田少尉こそが司馬遼太郎氏である。


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